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山口地方裁判所下関支部 昭和37年(タ)8号 判決

本籍 朝鮮 住所 下関市

原告 李大曾

本籍 原告に同じ 住所 朝鮮以下不詳

被告 曾慶専

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

原告提出の訴状によれば、

原告は、「原告と被告が西暦一九二七年三月一五日朝鮮忠清北道永同郡黄澗面長に対する届出によりなした婚姻は無効であることを確認する。」旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は昭和二年(西暦一九二七年)日本に渡航し、昭和九年八月現在の妻小中トシ子と同棲、内縁関係に入り、昭和三二年五月(但しこれは昭和三五年の誤記と認める。)同女との婚姻届出を了し、同女と婚姻関係(内縁関係も含めて)を継続している者で、他に何人とも婚姻したことはないにも拘らず、本籍地面長の発行した戸籍謄本により父重仁の戸籍に被告曽慶専が原告の妻として登載入籍されていることを知り、これは親同士が原、被告の意思にかかわりなく、原、被告両名を婚姻させようとして父重仁よりこのような届出をしたものと考え、父に対し原告は被告と婚姻する意思のないことを告げ離婚の届出をなすよう申し送り、そのまますでに離婚の手続を了したものと考えていたが、今般帰化申請に必要なため戸籍謄本を取寄せたところ依然として被告が原告の妻として戸籍中に登載されていることが判明した。右事実によれば、原、被告間の婚姻届出は当事者に婚姻の意思がないにも拘らずなされたものでその婚姻は無効であるから、婚姻無効の確認を求める。」

というのであつて、これに戸籍謄本二通、小中トシ子及び北上常夫の各作成にかかる申述書二通、寄留簿謄本を添付している。

よつて本件に関する我国裁判所の裁判権の有無について考えると、訴状添付の西暦一九六二年一月九日附の原告本籍面長李広作成の戸籍謄本によれば、原告が被告と婚姻したとの届出が西暦一九二七年(昭和二年)三月一五日なされていることが認められ、かつ原、被告ともに韓国籍を有することが明らかである。更に原告提出の上申書によれば、原告は昭和二年日本に渡航して以来、被告とは一度も逢つたことも、音信を交したこともなく、又現在は原告の親族とも音信不通の状態のため被告の住所が朝鮮にあると推定しうるのみでその住所はもとよりその生存の有無についても全く知る由もないというのである。

そもそも外国人間の婚姻無効事件において、その裁判管轄に関しては我国の法例その他にも直接規定がないので、条理によつて解釈し、解決するよりほかない。しかして婚姻意思の欠缺ないし瑕疵を理由として形式的に成立したものとされている婚姻の無効ないし取消を裁判によつてのみ認めるとした制度の趣旨は、婚姻が社会生活の基盤となる家庭生活を構成し、身分関係発生の基礎的条件であるところから、法律で婚姻の成立を認めるための形式を定め、一旦その形式をととのえて成立した婚姻関係は、これを安易にくつがえすことができないとすることにより、婚姻の安定を保護し、又婚姻の成否について争いがあるときは、裁判手続を履むことにより当事者に相争う機会を与えた上で、その成否を公的に判断することを目的とするものである。従つて本件の如く本国の妻たる被告が日本に住所を有せず、又有したこともない場合に、婚姻無効訴訟を我国の裁判所に提起することができるものとすれば、右は本国の妻に対して事実上防禦の手段を奪うに等しく、これは条理上許容しえないものというべく、婚姻無効を裁判により宣言せしめることとした制度の趣旨にも反する結果となり到底条理に適合するものとは言えない。

よつて本訴については我国の裁判所には裁判権がないものと認めるの外なく本件訴は不適法であつて、これが欠缺の補正はできないから、民事訴訟法第二〇二条により口頭弁論を経ることなく訴を却下することとし、訴訟費用については同法第八九条により原告に負担せしめることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福浦喜代治 裁判官 天野正義 裁判官 渡辺公雄)

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